2011年11月8日火曜日

信陽のスーパーガイド(ちょっとしたケーキ騒ぎの続き)

November 6, 2011. Written in Chengdu, China

  信陽の愛情(ちょっとしたケーキ騒ぎの続き)

 バスの中で出会った23歳の女子大学生は英語を専門にしており、中国人にしては非常に巧みな英語を話していた。
 どこへ行くつもりなのかと聞かれると、いやな思いをしたので一旦宿に戻るつもりだと言った。何があったのかと聞かれ、例のケーキ騒ぎ事件を話した。
「あの人たちのものは買わない方がいいよ、大して美味しくないのに高い値段で売りつけようとするから町の人は誰も買わない」らしい。
「いやなものがあると、私はいつも湖を眺めるの」
「えっ?」と急に、映画みたいな台詞を言われてびっくりした。
「このバスの終点に、南湾って湖があるよ。よかったら、案内するけど?」

 南湾は信陽市内の数少ない観光地の一つ。そのせいか、入場料は80元と馬鹿みたいに高い。だが、地元の彼女は無料で入れる裏道を知っているらしく、二人で田んぼの真っただ中の険しい道を歩いた。しばらくすると大きなダムにたどり着いた。彼女の父親は建築家らしく、このダムのデザインにも関わった信陽ではちょっとしたステータスの持ち主らしい。
 それはそうと、ダムまでたどり着いたのは良いが、湖へと続く階段の前にはガードが立っており、チケットがないと昇れないようだ。
「あなたは急いで昇っていって」と彼女は言って、ガードを呼んで話しかけた。僕は一切後ろを振り向かず、長い階段を昇った。ガードの叫び声が一度聞こえたが無視した。上にたどり着くと振り向いた。彼女はまだガードと話している。僕は目の前に広がる清らかな湖をしばらく眺めて、写真を撮った。またしても後ろを振り返ると、彼女も昇ってきていることに気がついた。きっと僕を呼び戻すように言われたのだろう。だが、彼女が上に到着すると、階段の上に腰掛け、ここでしばらく休んでいようと言い出した。上まで行かない限り、ここに座っていても文句を言われないらしい。そして、ガードがよそ見をする瞬間を狙って、二人で上まで行き、湖沿いにしばらく散歩した。
 湖を出ると、今度は暗くなりかけた町を歩き、彼女は一つ一つ町の有名なスポットを紹介してくれた。中には「お茶の館」や「信陽レインボーブリッジ」などがあった。彼女はとにかく自分の町が紹介したくて溜まらないらしい。バスの中で彼女に出会って間もないことに言われたことを考えると、無理もないかもしれない。
「生まれてずっと23年間信陽に住んでるけど、あなたのような海外からの旅行者を見たのは初めて」と彼女が言ったのだった。
 彼女は今まで「外」の人間と関わったことがないのだった。そして、僕は彼女にとって一人目の「外」の人間なのだ。そのことを光栄に思い、彼女の一つ一つの丁寧な説明を真剣に聞くことにした。
 
 夜は僕の宿(そして、彼女の大学寮)の近くの彼女のおすすめ屋台で夕食を食べた。その後、僕は彼女を寮に送り、別れた。まじめな学生である彼女は翌日学校だったが、4時半以降なら案内できると言った。その前には山を見てきたらいいよ、と彼女は言った。
 帰りには、親切な焼き鳥おじさんに鶏腿串を一つ焼いてもらって「また明日来ます」と言った。

 こんなにも情熱を持って自分の町を紹介してくれる彼女に対して、私は自分でいろいろと見て回る責任を強く感じたが、あまりにも疲れていて寝坊してしまい、ひどく罪悪感がわきながらも、宿でゆっくりすることにした。
 4時半に約束の場所で彼女と再会すると、まず最初にそのことを詫びた。だが、彼女は「気にしないでください。疲れていたはずだから、ゆっくり休めてよかったね」と言ってくれた。
 その日、彼女は信陽市の美食街を案内してくれた。中国のどの町にも、美味しい匂いのする様々な食べ物を売っている屋台の美食街があり、北京や洛陽などでは一人で経験しているが、案内してくれる人がいるとやっぱり違う。地元の人たちが一番好む店を紹介してくれるし、どんな料理なのかをも説明してくれる。一つ一つ何もかもを説明されると疲れるときもあるが、自分の町を見せたいという彼女の素直な気持ちがよく伝わってき、全部最後までちゃんと聞いた。
 
 信陽での三日目は、前日行けなかった信陽からバスで1時間ちょっとの距離にある山へ案内してもらった。バスの中で、彼女と同じ大学に通う3人組と出会い、一緒に行動した。そのうちの二人はいかにも真面目そうな女の子で、もう一人はちょっと変わった雰囲気の細い男だった。これで本当に中国人に囲まれたなと思った。一緒に来ているガイドの彼女さんが立派な英語を話すのが唯一の救い。新しく知り合った3人は歩くペースが遅く、途中で何度も追いつかなくなったが、どこかでしばらく休んだりしているとまた再会するのだった。いつのまにか中国地方の大学生のちょっとした遠足に参加できることは貴重な体験だったし、きれいな山景色も満喫できた。途中には泉があって、子ども以来に大自然の水を口にした。

 翌日も、21時に信陽を出るまで、彼女が博物館を案内してくれたり、植物公園を紹介してくれた。博物館が苦手な僕にとっては、出発してから初めての博物館だった。普段自分で来ないようなところだったが、意外に面白かった。そして、駅まで送ってもらって彼女にお礼を言うと何よりも強く感じたのは、地元の人の愛情がいかに町を美しく見せることができるかだった。
 ケーキ騒ぎなんてとうの昔のように思えた。
 

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