2011年11月4日金曜日

少林寺伝統武術学院 日本語総まとめ

November 4, 2011. Written in Xi'an, China.

 少林寺伝統武術学院 日本語総まとめ

 少林寺の登封市では武術が日常生活の一部である。子どもを武術学校に行かせるのも、小学校に行かせるみたいにごく普通のことで、町中は武術学校であふれている。武術を目当てに功夫好きな外国人もたくさんいる。だが、地元の人たちが持つ武術のイメージはそれほど神秘的なものでもなく、下階級の人たちが行うもの、といったところかもしれない。だが、同時に、この中国特有の独特な文化を誇りに思っている人たちもまたいるようだ。
 それはそうと、大きな武術学校はみんなすっかり観光地化しており、外国人向けのプログラムがある。入門すれば外国人同士で修練し、中国人の門下生とのふれ合いはないに等しい。おまけに、めちゃくちゃ高い。他の外国人と功夫をやりに、わざわざ中国まで来ることはないだろうに、というのが僕の気持ちで、入門する気にはならなかった。
 あきらめて、次の町に移動しようと思ったそのとき、普段観光客が来ないような、町から少し離れたところにある武術学校が見つかった。そこには外国人の気配もなければ、観光地化した気配もない。ここでなら、修行しても良いと思った。生徒は100人くらいいる学校で、数千人いる他の武術学校と比べると、かなり小さい。雰囲気もアットホームで、軍隊チックな空気が漂う他の学校とはまるで雰囲気が違う。一人のイギリス人と一人の韓国人をのぞいて、門下生はみんな中国人。しかも、16歳の韓国人は人生の大半を中国で過ごしており、韓国人独特の顔をしているとはいえ、外国人とはちょっと呼べない。19歳のイギリス人はもう3年間この学校で暮らしており、流暢な中国語を話す好青年だった。私はこの二人と同じ部屋で泊まることになった。門下生の年齢はだいたい7歳~18歳までが主で、師匠を除いた指導員もみんな僕より年下だった。

 当武術学校の師匠は少林寺功夫の有名な陽先生の一番弟子で、少林寺の伝統を忠実に守ろうとする魅力的な武術家だった。そのため、当学校では「伝統功夫クラス」がなんといっても主流だった。その他にも、映画やショーに向けた「パーフォーマンスクラス」と、功夫をキックボクシングのように競技化した「散打クラス」があった。中国人や長期滞在の外国人はどちらかのクラスに帰属しながらも全分野を学ぶが、短期滞在の僕は集中的に散打を学ぶことにした。パーフォーマンスクラスには興味がないし、伝統功夫に触れたい気持ちはあったが短期じゃ難しいと思った。

 練習は月曜日から土曜日まで毎日行われ、一日3回稽古がある。最初の早朝稽古は5時半から始まるので、5時20分の目覚まし時計が一日の始まりを知らせる。なんとかして起きると、顔も洗わずに功夫着に着替え、その上にジャージを来て外に出る。寒いし、まだ真っ暗だが、外の広場には全校生が整列して稽古が始まるのを待っている。日によっては違うが、早朝稽古は大抵ランニングから始まり、功夫の技よりも、基礎体力を養うのが目的だ。最初はとにかく怠いが、山に向かって列に走り、美しい山景色が少しずつ見えてくると、起きるのが苦手な僕でさえも朝のありがたみがわかった気になった。ジョッギングが終わると、今度はダッシュや腕立てやわに歩きやうさぎ飛びなどが始まる。昼間もこのような練習をすることがあるが、まだぼおっとしているせいか、朝は一番きつく感じる。再度ジョッギングして学校に戻ると、早朝稽古は7時前に終わり、朝食の時間になる。朝はだいたい肉まんとちょっとした野菜炒め、それからゆで卵が出る。食べた後は部屋に戻り、8時から始まる朝稽古まで休む。誰もしゃべる気にならず、再度ベッドに入って少しでも眠る。8時からは、大半の門下生は一般教育の時間になるが、そうでない人は2時間の自主練だ。義務教育(そんなものが中国にあるかどうか、よくわからないが)を終えた門下生に混ざって、僕も師匠に課題を与えられ、練習に励む。もっと縦の蹴りを意識するようにいわれ、ひたすら木に向かって前蹴りを蹴り込んだりしていた。自主練であるから、この稽古はそこまできつくなく、好きなときに休憩もできるから気楽である。10時にチャイムが鳴り、一般教育の時間が終わると、自主錬生の我々も解放され、2時から始まる午後の稽古まではフリーである。11時半は昼食の時間だが、疲れ果ててそれまでは部屋で昼寝している。昼食はだいたい米に鶏肉の串料理や炒め物が出て、夕飯はこの残りといった感じだ。食後は部屋でゲームやるか、外で卓球をやったりしてリラックスする。この時間に、門下生と仲良くなれるので疲れていても寝ることなく、積極的に遊んだ。そして、一日のメインの稽古は2時から始まり、夕方5時半まで3時間半続く。日本で慣れている空手の稽古と大きく違うのは、一回の稽古がオールラウンドではなく、徹底的に一種目だけを行うところだ。たとえば、サンドバッグの日であればサンドバッグの日だし、スパーリングの日であればスパーリングの日。2時から4時まで休むことなく時間を設定することもなく、ひたすら同じことをやっているわけだ。そして、4時に15分の休憩をした後にまた戻ると、また同じことがさらに1時間以上続くわけだ。僕にとっての一日目はミットの日だったわけだが、終わると手が筋肉痛で震え、夕飯の際、お箸が持てないほどだった。本数もなければ時間も設定していないので、いつ終わるかがわからないので精神的にも苦痛であり、この稽古はダントツで一番きつく感じた。
 食後はまたフリーで、部屋に戻って再度みんなでゲームしたり映画を見たりし、10時頃に電気を消して就寝。
 こんな一日が(日曜日を除いて)ひたすら続くわけだ。日本で日頃空手の稽古に励んでいたので、体力には自信があったが、それでもかなり辛くきつかった。このメニューを何年も続けている中国人を見直さないわけにはいかなかった。だが、多くの門下生は自分の希望で入門しているわけではなく、拾われた孤児だったり親に無理やり生かされた子たちだったりするので、きついメニューをこなしても、功夫に対する情熱や意欲性をあまり感じなかった。そのせいか、強い身体や優れた技術を得ても、スパーリングとなるとさほど強くなかった。教わったことを丸ごとこなしているだけで、そこに独自の発送や工夫がまるで見当たらないのが残念だったし、勇気も感じられなかった。

 たった2週間で門下生との絆も深まり、家族の匂いが漂う団体生活は何にも代えられない貴重な体験だった。が、同時に、あまりのきつさに、あと何日だろうかと毎日数えていたのも事実であり、漸く最終日が来たときは正直いって解放されて嬉しい気持ちもなくはなかった。だが、師匠にバスステーションまで送ってもらって別れた直後、すぐに寂しい気持ちで胸がいっぱいになり、もっと長くいてもよかったなと強く思った。
 
 寂しく思うたびにこう考えることにしている。旅は人に出会う場であるのと同じように、人と別れる場でもある。明日の今頃には、きっとまた別の誰かと素敵な出会いをしていることだろう、と。

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