2011年9月27日火曜日

ぶっとんだ週末と嬉しい月曜日の朝

 September 28, 2011. Written in Seoul, South Korea.  

  ぶっとんだ週末と嬉しい月曜日の朝


金曜日に、日本の友人がソウルに遊びに来た。別に僕に会うために来たのではなく、仕事仲間と一緒に3連休を利用してどこかに出かけたかっただけとのことだ。僕が旅立つ前、彼に会ったときにそのことを聞いたのを覚えている。「9月23日か、そのときはもうとっくに中国さ!」とそのときに答えたのが、今では皮肉以外の何でもない。
金曜日の午後に明洞で二人に会い、明洞餃子を食べた。

次に会えるのは1年後か、それよりもさっきかと思っていた彼と遊んでいると、なおさら世界一周している気分がしなくなった。もっと長く一緒に遊びたかったが、空手へ行く時間になったので、二人とまた翌日会う約束をして別れた。

空手は相変わらず、縄跳びとサッカーから成り立つもので、空手らしいことなど一切なかった。今回は二人でチームを組んで、交代交代に縄跳びを行い、さっきに5000回できたチームが勝ち、という練習だった。ビリになれば補強という罰が待っている。僕のことを「ブラザー!」と呼ぶチームメートは、 ビリになりたくないらしく、遅い僕になるべく出番を与えず、早いリズムでひたすら一人でジャンプしていた。ところが、それでも負けそうになると、隣の人にいたずらして、その間にできるだけたくさんの回数をこなしていた。結果として、なんとかビリにならないですんだが、それは僕の活躍とはまるで無関係だったし、フェアな勝ち方でもなかった。

練習が終わると、みんなでフライドチキンを食べることになっていて、デリバリーを頼んだ。女性の先生も含めて、道場生はあまりしゃべることもなく、ただひたすらガツガツと食べ続けた。他人への思いやりなどなく、早く食った方が勝ちだ、という主義らしい。


終電に乗って帰宅し、1時少し前に戻ってきた。その朝ゲストハウスで出会った長身のタイ人がゲストハウス前のコンビニのテーブル(こっちのコンビニには座るところがある)にもう一人の韓国人と座ってビールを飲んでいた。こんばんは、と声をかけると、椅子を勧められ、中々断れず、腰かけた。一緒に座っていた韓国人は、コンビニの店員であることに気がついた。愛想の悪い店員、というのが唯一の印象だった。だが、今は愛想が悪いどころか、やけに絡んでくる。ものすごく酔っぱらっていることは一目瞭然だ。タイ人も少し酔っぱらってはいるが、コンビニの店員に比べたらましだ。彼は一時期タイではムエタイの選手をやっていたらしく、タイに来たらいろんなところを紹介するよと言った。ムエタイのことを聞いたコンビニの店員は自分も格闘家だと得意そうに話し、いろんな武勇伝を語り始めた。いうまでもないが、そのどれも信憑性に欠けていたが、聞いている分には面白かった。お前のローキックの強さを確認してやろう、と言って店員は立ち上がり、どうぞ蹴ってくれといわんばかりに構えた。何度も断ったが、本当に蹴ってほしいらしく、とりあえず軽く蹴ってみた。そうすると、店員がわけのわからない数値を出した。「そうだな、お前の蹴りは30.5あたりかな」と。そろそろこの酔っぱらいぶりに飽きてきたので、タイミングを見計らって帰ったが、それでもゲストハウスに戻ったとき、時計は2時半すぎを指していた。

寝る前に、少しパソコンをやろうと思い、フェースブックを開くと、道場のバイク乗りの先輩からのメッセージが来ていた。
「今から、バイクに乗らないか?」と。
やれやれ、どうやら今日は自由時間を与えられないらしい。
彼はゲストハウスまで来てくれて、グローブにジャンパーを貸してくれた。そして、二人で気持ちの良い夜のドライブに出かけた。

前回バイクに乗ったときとは違って、夜の道路は空いており、川沿いに結構なスピードで走った。通りすがりのバーガーキングで食事し、せっかくだからプルコギバーガーを頼んでみたが、あまり美味しくはなかった。また同じ道乗りでバイクを走り、6時すぎに帰宅した。

翌朝、13時前にはっと目を覚ますと、無料で食べられる朝のパンを口にもせずに出かけた。14時から空手の練習があるからだ。前夜一緒にドライブした先輩と二人だけの練習だから、そんなに時間にぴったりに来ないといけないわけではないけれど、あまり待たせすぎるのもよくない。道場の最寄り駅からダッシュして、2時10分頃に道場についた。先輩はもう着いていたが、まだ着替えてはいない。パソコンの前に座っており、写真らしきものを見ている。
「ちょっと見てみて」と声をかけられ、彼が料理の写真を見ていることがわかった。
「これは全部、俺が作ったものなんだ」
ハート型のおにぎりから、甘そうなチーズケーキまでいろんな写真があり、この男は本当にバイク趣味の空手家なのかと、一瞬 混乱した。だが、それはもちろん偏見で、格好いい男だからといって料理をしてはいけないわけではない。
  しかし、それにしても、急ぐ必要はまるでなかったようだ。先輩は呑気に料理の写真を見せたりおしゃべりをしたりし、15時ちょっと前に漸く練習を始めようと言った。その練習も、あまりきついものではなく、あっさりと終わってしまい、3時半くらいにはもう道場を後にしていた。一緒に昼食を取り(これもまたハンバーガー)、しゃれた喫茶店でコーヒーを飲んだ。
7時に日本人の友人と江南(ガンナム)駅で待ち合わせをしていたので、そこまでバイクで送ってもらった。二人はもう待ち合わせ場所にいて、さっそく3人で街を歩き出した。

江南は栄えており、たくさんの若者が行き交っていた。夕方はまだ地面にあまりごみが落ちていないが、遅くなるに連れてその量が明らかに増えていき、11時すぎにはゴミ捨て場並みの量に達する。
最初は鶏肉の店に入り、サムゲタンを食べた。韓国に約一ヶ月滞在しているが、食べたのは初めてだった。
またしばらく街を歩いてから、もう一軒の店に入ることにした。今度は貝や海の幸のバーベキューで、とても美味しかった。

ビールを飲んでいる二人は少しずつ酔っぱらってしまい、最後の方は大声でめちゃくちゃな韓国語を言いふらし、周りの韓国人を呆れさせていた。

  長い一日の後、電車で帰宅しょうとすると、改札の前で駅員に止められた。友人が宿泊している駅までは乗り換えできるが、僕はもう終電を逃してしまったらしい。改札前で二人と別れ、とりあえずネットカフェに入った。最悪の場合はネットカフェで朝を待つしかない。ところが、ゲストハウス関係で知り合ったフランス人の留学生が隣のヨックサム駅の友人宅で遊んでいることを知り、よかったらきてくれと誘われた。場所を詳しく教えてもらい、ネットカフェを出てとりあえずヨックサム駅に向かって歩き出した。そこまで行くのは簡単だったが、そこからフランス人の友人宅にたどり着くまでには1時間くらいかかってしまった。教えてもらったとおりに進むと、何回やっても行き止まりの道に出てしまう。それでも通過する韓国人から無理やり道を聞き出し、なんとか到着した。ドアを開けたのは背の低い、優しそうな金髪男だった。ノルウェイ人の留学生で、1年間ソウルに滞在している。以前には日本人の恋人がいたらしく、1ヶ月くらい東京で暮らしたこともあるらしい。東京のどこかと聞くと、なんと僕が長年住んだ調布市だったので、すぐにお互いに親しくなった。年も一緒だし、性格的にも親近感の湧く男だった。
「よかったら中国へ行くまで、ここに泊まっててもいいんだよ」とまで言ってもらい、ゲストハウスにパスポートが届いたらそうさえてもらうかもしれないと答えた。

4時すぎに電気を消して、同じ部屋で泊まることになったフランス人と中国についていろんな話をして、5時になってもまだ眠ることができず、翌日起きたのは14時半だった。とりあえず家のすぐ近くのラーメン屋で博多ラーメンを食べて、少しゆっくりした。
一同は午後、他の留学生や韓国人学生とボウリングする約束をしていたらしく、僕も一緒に誘われた。ゲストハウスに戻る体力もまだないし、とりあえず彼らについていくことにした。ボウリング自体は、それほど面白くもなかったが、この男たちとはやけに気が合った。二人のフランス人とノルウェイ人と和風オランダ人のこの4人組は、まるで昔からの仲良しグループのようだった。フランス人の一人は僕と同様、韓国に遊びにきただけで、留学生ではない。彼は木曜日から香港で1年間を過ごす予定で、また香港でみんなで会おう、という話になった。韓国に長居して、少なくとも新しい友達ができてよかった。
ボウリング後、4人で食事し、楽しい夜を過ごした。11時くらいに電車に乗って別れた。こんなに早く時間が過ぎたのも久しぶりだった。

その夜、約二日ぶりにゲストハウスに戻ってくると、ほぼ満室になっており、僕のまだ知らないゲストもたくさんいた。だが、北朝鮮研究家のポーランド人はまだいて、僕のことを心配してくれていたようだ。
「君を見たのは、木曜日の夜以来だ。いったい何をしていたんだ?」

その日は疲れていたせいか、ぐっすりと眠った。そして翌朝、ゲストハウスの支配人に起こされた。
「君宛の郵便物が届いたよ」
眠気が一気に取れ、興奮した調子で郵便物を開けた。中に入っていたのは、中国ビザ付きのパスポートだった。これで漸く旅が続けられる!さらばよ、韓国!

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